小学1年生の1年間の振り返り

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こんにちは、年長さんと小1の1男1女のワーママ heaco です。

言葉の発達がゆっくりなことをきっかけに、
年少さんの頃に発達診断を受け、療育を開始した現在小1息子の小学校生活の1年間の振り返り。

支援クラスを勧められる中での通常クラスを選択した我が家です。

早いかもしれないけれど、早いに越したことはなく、
年少さんの頃から、就学に向けての準備を我が家なりにすすめてきました。

本人の意思だけで選択できるわけではないお年頃。
何が正解かわからない中での選択。
そもそも正解なんてない。

何を選択するかによって結果は違ってくると思うのですが、
選択した道も1本ではなく、
進み方によってさらに枝分かれしているわけで、
同じ1本の道でもどう進んでいくか、進み方によって行き先はまた違ってくるわけで、
もしかしたら、選択しなかった方の道の行き先に合流することだってあるかもしれない

占いでも言われること。

悪い言い方をすれば、
占い結果が当たらなかったときの言い訳のようにも感じるのですが、

良い占いが出たとしても、
良い方向に進むように行動しなければ、
良い結果にはならないし、
悪い占いが出たとしても、
そうならないように行動をすれば回避できる

未来は変えられる
今の行動次第で

担任の先生はもちろんのこと、
学校側には、息子の発達のことについては出来る限りの伝達をしました。
過去の診断結果のコピーなども提出済。

なので、
息子についてしっかり注意してくれているであろうと思います。
中には、
先入観のようなものを感じることもあり、
それも人間として仕方がないかなというのもあり、
「事実」を把握するということがいかに難しいことかというのを実感もしました。

しかしこれ、
意外にも同級生のお友達がしっかり「事実」を見ているのです。
まだまだ幼いと感じる1年生ですが、
しっかり状況把握をしている子がいるのです。
その子がたまたま息子と相性の合う子で、
その子の存在がすごく助けになったことがあり、
私が抱いていた違和感を解決してくれたこともあります。

そんなこんなで、
2学期の途中までは、ヒヤヒヤするような連絡を受けていました。
息子本人はいたって普通に過ごしているようですが、
まあ、本人が楽しく学校生活を送っていることは喜ばしいことです。

そして3学期の今、
落ち着いている様子。

まだ1年生が終わったわけではなく、
小学校生活を見れば序盤に過ぎず、
11月ごろに療育やお稽古への行き渋り等がみられて心配な時期はあったのですが、
2年生になるという意気込みなのか、
家庭内でも、
1年前よりもかなり成長した姿が見られるようになりました。

幼さが抜けてきたところがあり、
少し寂しさを感じるくらい。
年長の娘との1年差の大きさを感じます。

1年という年齢差もあれば、
保育園生活と小学校生活の差も大いにあると思います。

こんなにも立派になるのか。

そんな感じ。

言葉の引き出しが少ない息子。

具体的な内容はわかりませんが、
先生からの報告によると、
大きなトラブルにならなかったものの、
会話の表現などから、
お友達や上級生とやや不穏な空気になることがあったようですが、
意地悪によるものではなく、
言葉の表現の引き出しの少なさからくるもの。

療育の課題に盛り込むなどして、
会話表現の引き出しを増えるようにしたりしました。

しかしなんていうか、
始めこそ、
お互いよく知らないからこそ誤解なども生まれやすく、
だんだん、互いがどんな人であるかがわかってきた今、
よく知らないからこその溝は埋まってきたように感じます。

だから「知る」というのはすごく大事。

理解ではなく「知る」ということ。

いろんな考え方があって正解なんてない。
だから、理解できるかどうかは人それぞれ。

もちろん、
理解してもらえるに越したことはないのだけれど、
理解を求めるよりも、
知ってもらえることが大事だとつくづく思うのです。

知る、知らないでかなり違う。

知らないことで誤解されるのは御免だなと。
知ることで誤解は生まれにくくなると思うのです。

だからこそ、
学校側に息子の診断結果などの提出もしたし、
同級生、上級生には、
学校外で息子が療育をがんばっているということを伝えてほしいと先生にはお願いしてきました。

当初、
「特に同級生が現段階でそれを理解するのは難しい」
などとも言われましたが、
それは私も承知のこと。

理解の前に知る必要があるし、
別に理解を求めているわけではないのです。
どんなに頑張っても分かり合えないものは仕方がない。
だけれど、知ってほしいだけ。

それに、
今わからなくても大事なことは言い続ける必要があって、
いつか何かのタイミングで、
言われ続けてきた大事なことの意味をわかる日が突然にやってくるもの。

「あ~、あのときのことってこういうことだったんだな」って。

そのタイミングも人それぞれ。
1年生でわかる子もいれば、高学年になって気づく子もいれば、大人になて気づく子もいる。

だから、
わかるであろう年齢まで寝かせる必要なんてないと思う。

その日のために言い続ける必要はあると思っています。

自立が一気に増える学校生活。
同じ保育園の子も1人しかいなく、
友達関係もガラッと変わってしまい心配していましたが、
助けになる子に出会い、
逆にヒヤヒヤの場面も落ち着きを見せたり、
心配していた出来事も良い方向に転換することができるということもよくわかり、
しかしその逆も然りなわけで、
私の方もいろいろ学びました。

小学生という年齢なりの難しさを実感した1年でした。

毎年、1年間の成長に驚くのですが、
この1年もまたさらに成長に驚くことばかり。

1年前には想像つかなかった成長ぶりを感じるのも毎年のこと。

ちょっとずつちょっとずつ幼さが抜けてきて、
1年、2年前までハマって遊んでいたことも、
今ではやはり卒業してしまっていたり。

子離れとはまた違うけれど、
なんだかそれに近いものを私の方がしていかなければなと感じることがチラホラ。

お家のインテリアに悩みに悩んでなかなか進まないのですが、
悩み続けていたら、
「今はもうこれじゃないな」なんていう事態にもなっちゃうよね。

おもちゃ収納に悩んでいる今なのですが、
そもそも、おもちゃ収納自体が不要になる日が近いよね・・・。

そういうところにも子どもの成長を感じて、
お家の片付けとインテリアに焦る私よ・・・。

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