子どもに対して最もいらないもの

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こんにちは、保育園に通う1男1女のワーママ heaco です。

この前、保育園の先生と子どもの話をしていたときに反省したこと。

言葉の発達がゆっくりで、昨春より療育スタートしている4歳息子。

保育園の先生と息子の話をしているときに、ふと気づいた自分の口から出る言葉。

それは、
謙遜
です。

未だに会話の中に喃語が混ざる息子。
こちらが言っている会話も理解できない部分が多く、キョトンとしたり、全く違う回答を言ったりすることもあります。
同じ4歳児に比べて、会話に関して言うとゆっくりですが、4歳児になりに自分でできることはたくさんあるし、
優れているところもたくさんあります。

しかし、先生と話しているときの自分から出る言葉は謙遜が多かったことに、話し終えたときに気づいて反省。

みんなそれぞれ個性があって、個人差がある。
理想的、平均的発達具合というのはあり、それが異常を発見するための目安にはなるのだけれど、
だからといって、他の子と比べることに何の意味もなさないことは頭ではわかっているし、
心の中では「息子はこんなに素晴らしいんですよ、先生!!」と気持ちがありながらも、
自分の口から出てくる言葉は否定的な謙遜ばかり。

私はときどき、海外の育児法というのを調べます。
文化が違えば、考え方も違う。
海外の違う視点からの育児を知ることで、
日本の育児法の良いところと、海外の育児法の良いところを取り入れたいと思っています。

日本と海外の違いで出てきた一つの中に「謙遜」があります。

アメリカの話になりますが、
アメリカでは自分の子どものことを他人に話すときに、
「この子はこんなに優れたところがあるんです!」
と、子どもの良いところをハッキリと言います。

日本の場合、それは自慢のようにとられがちで、つい
「この子はこういうところがあるから(苦笑)」
と謙遜してしまいます。
心の中では「こんな優れたところがあるんです!!」と言いながらも、
口から出るのは、その子の長所ではなく短所。

日本独特の文化の中では必要なのかもしれない「謙遜」。
だけれど、子どもに対しては不必要で無意味だなと。

否定的な印象の「謙遜」。
子どもには理解しがたいもの。

すごく反省したし、これに気づけて良かったと思う。

我が家の息子は素晴らしい才能をたくさん持っていて、すごくやさしい素敵な子です。

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