「過保護」なのか「心配性」なのか

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こんにちは、年少さんと年中さんの1男1女のワーママ heaco です。

自分でできることが増え、行動範囲が広くなってきた子どもたち。

手取り足取り、身の回りのすべてをしていた新生児、乳児期に比べ、
楽になる部分もあれば、
自分でできることを増やすために、自立のために、
マナーやお勉強などをおしえたり、
見守ったり、我慢をさせたり、いろんな経験をさせたり、

できないことをできるように「させる、自立させる、見守る」
ということはとても難しくて、
感情も豊かになっていく分、そのケアの方法も様々で、
子どもへの対応というのは難しく、

ある意味、手取り足取りの新生児期、乳児期よりも、
今のほうが大変だなと、
個人的には感じています。

いろいろ「さじ加減」が難しいなと。

子どもの興味のあることは、できる範囲で付き合いたいし、
いろんな経験をさせたいので、経験できる場や物の提供はしたい。

その中で、

どこまで子どもの要望に応えてあげるか

というのは難しいもので、
すべて応えるのがいいとは限らない。

自立を促すためには、
見守る側に徹して、あれこれ言ったり、手を出したりしない。
かと言って、目を離せる年齢でもないので、
時と場合によっては付きっきりになることもあれば、
あえて1人にしておくことも。

1人にするときは、
離れた場所から姿は必ず目視し
視界から離れる場合は、
気配と音(足音など)に集中します。

だから、家にいても、
まだまだ、子どもといるときは常に気が張ります

そこに、
手抜きしまくりの「家事」が入り、
必要最低限のことだけをやるだけでも疲れます。

だから、デビアスなメイドたちに出てくる完璧メイド ゾイラ が
我が家にいてほしい。

家事を含め、
やりたいことは山ほどあるけれど、
やりたいことをやる元気が今はない。

年かなぁ・・・。

子どもと一緒に就寝する生活スタイルの私は、
睡眠時間の確保はある程度きちんとされていると思うんですが、
それだけではなかなか疲れがすべて取り切れません。

朝からお疲れモードなんて多々。

休日の過ごし方というと、
大抵「子どもと何をした、どこどこに行った」という感じ。
事細かにではないけれど、
子どもとの関わり方や、休日の過ごし方の話をするとこう言われます。

そこまで子どもに合わせなくてもいいんじゃない?

と言われます。

私ってそんなに子どもに合わせているんだろうか。

そして、

職場での私の子どもに対するイメージは「過保護」だそうです。

私って過保護なんだろうか。

こいのぼりが大好きな息子。

いろんなところで、こいのぼりが泳ぐ4~5月の休日の過ごし方は、
もっぱら、こいのぼり巡り。
家から1時間弱のところに、こいのぼりがたくさん泳いでいるとこがあり、
そこに毎週末行っていました。

その話をすると、

「そこまで毎回こいのぼりを見に連れて行かなくてもいいんじゃない?
ちょっとやりすぎな気がする」

と言われました。

年中いつでも見られるのであれば、そこまでしないのですが、
こいのぼりが泳ぐ時期は1ヵ月もないくらい短いので、
その短い期間の中で、思う存分に触れあってほしいという思いから、
毎週末通っていたのですが、

やりすぎなのかなぁ・・・。

また、
なんだかんだで、まだまだ子ども1人でというわけにはいかず、
常に目は離せない年齢であり、
私の心配性なこともあり、
「過保護」なイメージが付いている様子。

公園遊びなどなど、アクティブなことをすれば、ケガは付きもの。
大きな事故につながらないよう見守ることは必須であり、
その見守りをする元気がないために、
外出しないということはあります。

きちんと見守る自信がないくらいなら、
外出はしない。
自分の元気があるときに出かけるというスタンス。

その話をすると、
私の話し方が良くなかったのか、
失敗しないための先手を打っているように思われたのか、
「過保護」と言われます。

これって過保護なのかなぁ・・・。

両親が共働き家庭だった私。

私の記憶する母の毎週日曜日の過ごし方は、

朝は10時に起床、
ゆっくりみんなで朝ごはん、
お昼前にアイロンをかけながらテレビ、
午後は必ず昼寝、
夕方頃、晩ごはん作り

という感じ。

アウトドア苦手の超インドアタイプの母。
運転もあまり好きじゃなく、
母とどこかへ行くということは、
スーパーに買い物以外ほぼありません。

母と公園で遊んだという記憶も全くなければ、
「母と遊ぶ」という記憶もあまりないです。

母自身が「子どもと遊ぶ」というのがそこまで得意なタイプでもないこともあり、
父と遊んだ記憶はたくさんあります。

どこかへ出かける日曜日というのもあまりなく、
大抵は家で1日過ごす感じ。
退屈に感じる日曜日は多々あり、
そんな中でも、数少ない家のおもちゃで遊び、
絵本を読み、
庭で遊び、
自分の中で思いつくままに遊んで時間を過ごしたように思います。

自分の幼少期のころを思い出すと、
当時の自分が記憶する母に比べ、
今の自分は、かなり子どもと遊んでいるような気はします。

それは、夫が土日祝の仕事でいないことにもよるとは思いますが。

あくまでも私の記憶にないだけで、
意外と母と遊んでいたかもしれませんが、
「母と料理をした」記憶はけっこうあります。
それはすごく簡単なもの。
よく記憶に残っているのは、バナナと牛乳とモロヘイヤのミックスジュース作り。

最近、息子と娘だけで遊ぶことが増えてきて、
それを横目に家事をしたりします。

とは言え、
途中バタバタ走り出したり、
喧嘩をしだしたり、
2人だけで外に出ようとしたりで、
やっぱり目が離せないので、
自分の趣味に没頭するということはできません。

私の性格ゆえもあるかもしれないけれど、
「過保護」ではなく、「目が離せない」「心配性」だと思うのですが、
他人からすると、どうやらそれは「過保護」に見えるようなのですが、
どうなんでしょう。

夫や両親に話すと「過保護とは違うんじゃない?」と。

自分の気持ちを言葉で表すのが難しい幼児期。
「もっとこうしてほしかった」
「これはしてほしくなかった」
は後から出てくること。

何を持って良しとするのか。

境界線が難しい。
さじ加減が難しい。

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