子どもの頃とは違う視点で見るようになったトトロ

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こんにちは、年少さんと年中さんの1男1女のワーママ heaco です。

子どもたちと「トトロ」をよく見るんですが、
育児真っただ中の今の私は、
子どもの頃とは随分違った視点で「トトロ」を見るようになりました

ちなみに、「トトロ」の時代設定は昭和30年頃とか。



まずは、
メイちゃんが初めてトトロに出会うところ

庭で遊んでいるところ、
小さいトトロを見つけて追いかけ、
トトロのお家のようなところにたどり着く。
そこでトトロと眠ってしまう。

自宅で仕事をしていたお父さん。
そこへサツキが学校から帰宅。
庭で遊んでいるはずのメイがいない

これ、
自分の子どもに当てはめると、
とてもコワイです

庭で遊んでいるはずなのに見当たらない。

数分でメイは見つかるんですが、
私にとっては、
この数分がとても恐怖です。
事故にあっていないか、事件にまきこまれていないか。

メイとほぼ同じ年齢の我が家の子どもたち。
ちょっと目を離した間に大変なことが起きるかもしれないことを想像すると恐怖で、
自宅の庭でも、屋外では、常に自分の視界の中に子どもの姿を捉えるようにしています。

なので、自宅で仕事をしていたお父さんのように、
仕事に没頭するなんてこと、
私にとっては決してありえない。

なので、
物語終盤、メイが一人でお母さんの入院する病院に向かう途中に迷子になってしまうことなんて、
生きた心地がしません。

次、サツキです。
小学5、6年生くらいの設定のサツキは、
お母さんが長期入院しているため、
お母さんのような立ち位置でしっかり者です。

近所のお友達カンタもそうですが、
田植えだったり、子どもが割と家のお手伝いをガッツリ任されやっているため、
年齢のわりにしっかりした子が多いように思います

特に、サツキは、
普段の家事もこなしているようで、
朝は早起きして、朝ごはんとお弁当を作る。
お母さんが入院中のため、やらざるを得ない状況でもあるのですが、
この年齢でお母さんの代わりを務めるのはすごいなと、
純粋にサツキのしっかり者具合に感心します。

お父さんとお母さんは、
一体サツキにどういう教育をしてきたのかが気になります。

おそらく、
時代的背景やその時代の当然とする考え方にもよるのかなとは思います。

子どもが家の仕事、
それも割と大きなこと(田植えだったり、風呂の巻き割りだったり、風呂沸かしだったり)を
手伝うのは当然で、
「こういうもの」とう認識があるために、
四の五の言わずに「やる」という感じだったのかもしれない。

そして、最後はお父さん。

お母さんが入院中というのもあるけれど、
「男は外で仕事、女は家を守る」という考え方が強かった昭和30年代には珍しく、
いわゆるイクメンであると感じています。

お父さんが台所で晩ごはん作りをしているのですが、
あの時代って、男が台所に立つなんて考えられないような時代だから、
サツキのお父さんて、けっこう現代的要素を持っているなぁと。

映画上映当時の1980年代でも、
男が台所に立つなんてことがあまりなかった時代なので、
サツキのお父さんは、平成を通り越して令和の感覚を持った、
昭和にはかなり珍しいタイプの男性だよなぁと感心するわけです。

育児真っただ中の今の視点は、
ひとつひとつのシーンに独特な見解をしてしまい、
純粋に物語を見ていない自分の独特な視点にちょっと引いてしまう(苦笑)

なんでもそうですけど、
子どもの頃って経験値があまりないゆえに純粋で、
なんでも純粋なものの見方、見解、理解をするのですが、
年齢を重ねるごとに、経験値が増えるごとに、
違う視点を持つことができるようになり、
幼少期に見たときとは違う感想を持つようになります。

しかし、ここまで変わるのかと、
自分自身ちょっとビックリしています(苦笑)

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