反面教師になるか ならないか

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こんにちは、保育園に通う1男1女のワーママ heaco です。

先日の記事に関連したこと。

親子といえど、
全然別の人間であるため、
考え方や趣味嗜好が似ることもあれば、
全く真逆だったりするわけで。

私と母はやや逆タイプ人間。
かと言って、共感できることは多い。
でも、全体的に見れば、逆タイプ人間。
表面的に見れば、やや父に似たタイプではあるけれど、
趣味嗜好が似ているかといえば、そうではない。

姉に関して言うと、
同じ親から生まれ、同じ生活をすれど、
姉と私は、これまたタイプが逆。

誰に似たのか?

親子でも兄弟姉妹でも、
考えや趣味嗜好が全く合わないことはある。

自分が育児をするうえで、
子どもへの対応で、こんなときはどうすべきかを考えたときに参考にするのは、
育児書だったり育児番組だったりはするわけですが、
ときどき参考にしているのは、
「自分が子どもの頃に感じたこと」
です。

こんな対応されたら、
「子どもの頃の自分はどう感じるか」
「自分だったらこんな気持ちになるかも」

いろいろ想像してみます。

しかし、なんだかんだ言って、
どう感じるかは本人であり、
本人が自分の言葉でハッキリ思いを伝えてこない限りは、
明確な気持ちというのは私にはわからないところ。

人の気持ちを読み取るというのは難しいもので、
良かれと思ったことが相手にはそうではなかったり。
100%相手の気持ちを満たすことは難しいです。

しかし、嫌な思い、残念な思い、悔しい思いと言うのを経験しなければ、
「これはイヤなこと」というのがなかなか気づけないもので、
それがなければ、相手の気持ちを想像する力というのは養われにくいというもの。

人間関係で悩んだ時期に相談した相手に言われました。
「良いことだね」と。

はじめは、「何を言っているんだ!?」と思いましたが、
その理由は、先で言った

・イヤな思いをしなければ、それがイヤだということがわからないままになってしまうこと
・その相手を反面教師として、自分は他の人にその人がやっていることをしないこと

「イヤ」という気持ちから学ぶことの大きさ。

「大人にならないとわからないこと」というのもある。

私が子どもの頃に感じていた
「なんで?」「どうして?」「わたしはイヤ」
という気持ちの半分くらいは、
なぜ当時の母がそういう対応を取ったのかが理解できる。
そして「大人になってもやはり理解できなかった」残りの半分は、
おそらく、考え方の違いと生きてきた時代背景によるものであり、
反面教師となっている。

反面教師となっていることは、
私は子どもに対して絶対やらないのですが、
子どもにとってそれが良いか否かは子ども本人が決めることで、
それが大人になって思い返してみても「理解できない」ことは、
反面教師にしてもらいたいと思う。

日々成長する子どもたち。

今どんな気持ちでいるんだろうか。
大人になったときに聞いてみたいけど、覚えているのかなぁ。

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